もう20年以上も前になるでしょうか。私が学生時代に、開業している先輩から、
「君らが開業するころには、歯科はもう食べていけなくなるかもしれないね。」ということを聞きました。その時にはまだ高級車を乗り回している歯科医師も多くいましたので、もうひとつピンとこなかったのですが、確かに私が開業する頃には、すでにそのことが現実のものになっている事を実感しました。
私は大学を卒業と同時に、とにかく今までにないタイプの歯科医師になろうと考えました。そのためには、少なくとも知識がないと良い治療は理解できないと考え、同級生の多くが臨床に進路を進めるなか、私は歯科医師が敬遠する、面白くない解剖学や組織学、最先端の分子生物学、遺伝子工学という基礎医学を徹底的に勉強しました。
その世界に入り込んでまもなく、歯科という学問が、他の分野の学問から大きく後れをとっている事を実感することになります。つまり医学部、理学部、農学部、工学部の研究者たちと話してみると、歯科だけが離れ小島のようなところで研究しており、対等に議論できるようなレベルにないのです。それは身内だけで通用する理論で、年配の先生を中心に、皆が好き勝手言い合っているような状態なのです。大学教授ですら例外ではありません。そんな状態にあって本当に効果のある治療なのか、新しく取り入れても良い治療なのかどうかということが、きちんと判断できているのか、とても疑わしく思うようになりました。
私にとってインプラントはその最たるものだったかもしれません。他の分野の研究者に「移植したインプラントの境目はどのようになっているのですか? 本当にあれはやってもいいのですか?」という質問をされて、私は初めてその本当の危険性に気がつきました。歯科の研究者だけで議論しているうちは、意外とこの根本にかかわる質問はでてきません。
私はありがたいことに、歯科以外の分野でも大いに活躍している教授に、じきじきに指導していただいたおかげで、相当レベルの知識をいただきました。そのおかげで、4年かかるところを3年で博士号を取得し卒業することができました。もちろん論文も歯科と名前が付くものには投稿するなと言われていましたので、組織科学を専門とする雑誌に投稿し、掲載されました。早く取得したから楽だった、ということでは決してありません。
きちんとした知識を得て、そしていざ歯科治療に臨むと、実際の臨床の現場では、今度は保険診療の壁に何度も苦渋の選択を強いられることになりました。
経営のために患者さんが望んでいない治療や管理料を取らないといけない。違う薬を使いたくても使えない。きちんと経過を見てからやりたいのに、売り上げのために急いで次の治療に進まないといけない。やり直しは基本的に赤字になるので、少しくらいおかしくてもそのままでやり直さない。型どりが合わなくても無理に土台を削ってでもセットする。売り上げのために2年たったら無条件でやり直しを勧める。衛生管理は点数に含まれないためおざなり。などなど、とにかくキリがなく、私にとってはストレスの連続でした。
研究職出身の私にとっては、これまで世界の目を意識して自分に厳しく仕事をしていたので、患者さんが分からなければいいんだということに、どうしても馴染めませんでした。
結局、正味2年くらいで保険診療から足を洗うことにしました。そこからは現在に至るまで自由診療だけを行ってきております。
良いものを見分ける知識と目を養うと、目が肥えてきます。粗悪なものを作ることに不安を覚えるようになります。自分の仕事が残るわけですから、研究者のプライドとして自分が納得できないものは何度でもやり直さないと気になるのです。実は私にとってこの事は生きていくための柱として重要な価値観なのです。
勉強したことによって、歯科を完全な商売あるいはサービス業として割りきれていないというデメリットは感じていますが、自分の正しいと信じることを、毎日きちんとこなすことが、とても精神衛生上よく、良識的な患者さんとの信頼関係を続けていることに今はとても満足しています。理想とする歯科医院をはじめて早4年目ですが、良識的な患者さんすべてに、良質な治療を提供しております。
院長 脇田 一慶